もっと強く

by ηφβμ on 2011/12/10, 01:30

先日、兵庫県明石市まで父方の祖父に会いに行った。



祖父は大正生まれの85歳。

海の近くで祖母と共に呉服屋を営んできた。

何というか、昔の人そのもので、

少し頑固なところもあるが、礼儀を重んじるそんな人であった。



祖父は、病院のベッドの上にいた。


数年前に骨折して以来、身体も少しずつ弱くなり、

痴ほう症も進んでいるようで、すっかり痩せてしまっていた。


いろんな管につながれ、

苦しそうに息をする以外、身動きひとつしない祖父の姿に、

正直、声が出なかった。


痴ほう症については、よく知らないが、

やる気というか気力がなくなっていく病気のようで、

ついには、生きる気力も失ってしまう。


ただベッドの上に横たわり、うつろに目をした祖父を見て、

人はこうまでして生きなければならないのか、と

何とも言い表し難い思いにかられるのと同時に、

たったいま、こうして“普通に”生活している自分の生の在り難さを知った。



もう一つ感じたというか再認識したことがある。

それは、女性の強さである。


同行した祖母は、言葉を選んで話す医師の話を淡々と聞き、

生まれたばかりのひ孫(つまり僕のいとこの子)の写真を熱心に祖父の目の前に差し出していた。

僕が同じ立場なら、きっと何もできないだろう。

何十年も妻として夫と連れ添ってきた祖母の強さを見て、

やはり自分の未熟を知った。



帰り際、祖父の手を握ってみた。

戦争も越えてきた、大きく骨ばった男らしい手は、

きっと血の巡りが悪いのであろう、冷たく、むくんで丸くなってしまっていた。



父の実家に戻り、お夕飯を食べてから、京都に帰った。

別れ際、「礼服、用意しといてよ」と祖母が言った。



背筋を伸ばそうと思った。



ηφβμ


1 Comment

mとk
12月 12, 2011 at 11:28

お年寄りはちょっとしたきっかけで体調が大きく変わります。
亡くなったうちの祖父も、道で転んだ以来、坂道を滑り降りるみたいに弱っていきました。

誰もが辿る道だと理解して、そうなる前に何をやるべきかを考えることが大切だと思いますよ。


 

© Students of the Propulsion Engineering Laboratory, Kyoto University.